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高松高等裁判所 昭和59年(う)174号 判決 1985年4月11日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人熊川照義作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官興野範雄作成名義の答弁書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

所論は要するに、原判示第一の事実について、被告人は同判示の覚せい剤約四九・一三七グラムを、営利の目的で所持していたものではないのに、その営利の目的を肯認した原判決には、事実を誤認し、ひいては法令の適用を誤った違法がある、というのである。

しかしながら、原判決の挙示する関係証拠によれば、被告人が所持していた本件覚せい剤は、約五〇グラムという極めて多量のものであること、そして当時の覚せい剤の末端小売り価格は、約〇・五ないし〇・六グラムあたりで二万円であるのに、被告人は本件覚せい剤を一グラムあたり七〇〇〇円で入手したというのであって、その価格はまさに密売人相互間の取引価格に相当するものであること、しかも被告人は、本件覚せい剤を約一〇グラム入り五袋という形で入手したものであるが、その夜のうちに、うち一袋を一三袋に小分けしていること(なお右の小分けは、被告人の目分量によりなされたもので、若干の不揃いはあるが、おおむね約〇・五ないし〇・六グラム入りの袋と、〇・七ないし〇・九グラム入りの袋の両者に大別することができ、覚せい剤関係者の間で、前者は「二万円パケ」、後者は「一グラムパケ」と称されているものに相当すると認められる)等の諸事実が認められ、これらの事実よりみて、特段の事情のない限り、被告人が営利の目的のもとに、本件覚せい剤を所持していたものと推認せざるを得ない。

これに対し、被告人は捜査段階及び原当審公判廷において、その営利目的の存在を否定し、本件覚せい剤を入手するに至ったいきさつ等として、大要次のような供述をしている。すなわち、被告人は原判示第一の日の前夜、所用で高松市内の金融業者を訪問したところ、そこにかねて顔見知りのA(暴力団親和会組員)から「覚せい剤があるから見てくれ。」との電話がかかり、まもなくやってきた同人ほか一名とともに、被告人の連れのB運転の車に同乗して、同市新北町にある結婚式場セレモニータウンパール付近まで行くと、一旦下車して戻ってきた右Aから「どうしても金がいる。安いから買ってくれ。五〇(グラム)で三五(万円)にしておくから。」と半ば押しつけるような形で、覚せい剤を売り込まれたため、値段も安いし、つい自己使用分として買っておこうという気になり、前記の金融業者から三〇万円を借り受け、これに自己の手持金を加えて、その言値の三五万円に一万五〇〇〇円をつけ足した三六万五〇〇〇円で、本件覚せい剤を買い受け所持するに至ったもので、これを営利の目的で所持していたものではないし、事実、これまで他人に覚せい剤を売り渡したようなことも一度もない、というのである。

所論は、被告人は右のように、最もいいにくい覚せい剤の入手先まで、敢て供述しているものであって、その供述には信用性がある旨を主張するが、その入手先とされている当のAは当審証言において、被告人に本件覚せい剤を売り渡した事実を厳に否定しているのみならず(なお前記Bは、当審で取り調べた司法警察員に対する供述調書謄本や、当審証言において、被告人の供述にあるように、当夜、被告人ほか二名の者と車で行を共にしたことはあるが、その行先や右二名の者の顔は覚えていないとか、あるいは暗くて判らなかったとも供述しており、被告人の本件覚せい剤の入手元がAよりであるとの主張の裏づけとなるものではない。)、被告人の供述によっても、これまで覚せい剤の取引など全くしたことがないという右Aが、何故に被告人の居場所を知り、かつ唐突として被告人に覚せい剤を売り込んできたのか甚だ不可解で、本件覚せい剤の譲渡人がAであるとは俄かに認め難いものがあること、被告人が自己使用のため購入したというには、本件覚せい剤の数量は余りにも多く、しかもこれが入手されたその夜のうちに、早速前記のような小分けまでなされていること(ちなみに、本件を捜査した司法警察員兵庫健吉の当審証言によれば、右の小分けに際しては、密売人がよく使うポリシーラーが一部使用されている形跡がある)、被告人は捜査段階の当初は、本件覚せい剤を所持していた事実すら否定し、なお一回あたりの自己使用量は約〇・一グラムと供述していたのに、その所持の事実を認めた後は、同使用量が約〇・三グラムであると供述を変えており、しかも一回の使用量としては余りに多量で首肯し得ないものであること、被告人はこれまで覚せい剤を他人に売り渡したことはないというが、Cは当審証言において、かつて被告人から数回にわたり、覚せい剤(パケ入り)を買い受けたことがある旨を供述していること等によれば、問題の営利目的を否定する被告人の供述には、にわかに措信し難いものがあるといわざるを得ない。他に、被告人が営利目的でなくして本件覚せい剤を所持していたと首肯できるような特段の事由も見当らない。

してみれば、原判決挙示の関係証拠によって原判示第一の事実を優に肯認できる、というべきである。

以上によれば、被告人の本件覚せい剤の所持につき、営利目的の存在を肯認した原判決は正当で、所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して、仔細に検討してみても、原判決に事実誤認等の違法があるものとは認められないから、論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条、一八一条一項本文により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊東正七郎 裁判官 藤田清臣 裁判官田村承三は転補につき署名押印できない。裁判長裁判官 伊東正七郎)

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